神戸地方裁判所 昭和46年(ワ)129号 判決 1984年2月27日
原告(亡荒勝文策訴訟承継人)
荒勝エキ
同
荒勝百合子
同
荒勝豊
同
荒勝巌
同
荒勝曄
右原告ら訴訟代理人
野田純生
岩井萬亀
被告
学校法人甲南学園
右代表者理事
久保田淳一
右訴訟代理人
金光邦三
奥野久之
主文
一 別紙目録記載の土地及び建物は、いずれも原告荒勝エキ(持分二〇分の九)、同荒勝百合子(持分二〇分の九)及び同荒勝豊(持分二〇分の二)の共有であることを確認する。
二 被告は、前項記載の原告らに対し、同記載の土地及び建物につき、真正な登記名義の回復を原因として、同記載の各持分による所有権一部移転登記手続をせよ。
三 被告は、原告荒勝エキに対し金八〇万円及びその余の原告らに対しそれぞれ金五〇万円並びに右各金員に対する昭和四八年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は、第三項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一本件住宅について
1 請求原因1(一)(1)、(3)及び(4)の各事実、同(6)のうち、正井が被告の大学設置に関する事務一切を掌理する大学設置事務委員の委員長であつた事実、同(6)及び(10)の各事実並びに再抗弁5のうち、中川路理事長が昭和四五年一二月八日文策に対し本件住宅の明渡を求め、文策が同月二五日付書面をもつて同理事長に対し本件住宅贈与契約の履行を求める意思表示をし、同書面がそのころ同人に到達した事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、<証拠判断略>他に右認定の妨げとなる証拠はない。
(一) 被告は、学校経営を目的とする法人であり、大正七年一二月二〇日財団法人として設立され、旧制の中学校及び高等学校を経営していたが、学校教育法の施行に伴い、昭和二五年一二月学校法人に組織変更され、現在甲南大学、甲南高等学校及び甲南中学校を経営している。
(二) 文策は、大正七年七月一三日京都帝国大学理科大学を卒業し、同一一年四月まで同大学に講師及び助教授として勤務した後、同月二〇日旧制甲南高等学校教授、同一五年六月七日台湾総督府高等農林学校教授、昭和三年一二月二二日台北帝国大学教授を経て、同一一年八月三一日から京都帝国大学理学部に教授として勤務し、同二五年四月三〇日定年退職した。
(三) 財団法人甲南学園の理事長は、同二四年一〇月一八日、同二六年度から短期大学を設置する方針を確認するとともに、大学設置に関する事務一切を掌理するため、大学設置事務委員を置くこととし、理事の一人である正井にその委員長を委嘱する旨決議した。
(四) 正井は、同二四年一一月ころから文策に対し、新設予定の甲南大学の学長に就任するよう要請を続けていたが、文策は、そのころ他の国立大学からも学長等への就任要請を受けており、また、四年制の総合大学でなければ大学の名に価いしないとの持論を有していたこともあつて、正井の要請に難色を示していた。
しかし、正井が甲南大学を四年制の総合大学にすることに同意し、かつ、学長に就任して大学の設立を完成すれば、学長住宅として入居してもらう土地、建物を遅くとも学長退任の時までに被告から文策に贈与する旨述べて、文策の学長就任を懇請し続けたため、文策も遅くとも同二五年二月ころには、右申出に応じ、学長就任を承諾するに至つた。
文策は、そのころ京都市内の借家に居住しており、京都大学の定年退職を控えて自己の住宅を購入すべく適当な物件を探していたが、正井の右申出を承諾したのちは、これを探すことをやめた。
(五) 同理事会は、同二五年五月二七日、すでに学長就任を承諾していた文策を正式に甲南大学学長の第一候補と決定し、正井理事にその就任交渉にあたらせる旨の決議をした。
(六) 文策は、同年六月甲南大学設置委員会委員長に就任して大学の設立準備に着手した。同年七月二日に開かれた同理事会は、文策の主張に沿つて四年制大学を設置する旨の決議をした。
(七) 同理事会は、同年一〇月三一日、財団法人甲南学園を学校法人に組織変更する旨の決議をしてその寄附行為を制定し、理事長に永井を、理事に文策及び正井ほか七名の者を選任した。
右寄附行為によれば、被告の業務の決定は、理事をもつて組織する理事会によつて行い、その議事は、過半数の理事が出席する理事会において、出席理事の過半数で決する旨定められている。
また、同理事会は、同二六年二月二日、寄附行為施行細則を制定し、従前より存在した常任理事の制度につき、理事会において選任される若干名の常任理事が理事長を補佐して平常の事務にあたる旨改めた。同二七年ころからの常任理事は、永井、中川路、正井及び岩井雄二郎であり、被告の事務は、常任理事のほか理事である甲南大学学長及び甲南高等学校校長が加わつて随時開催される常任理事会における決議によつて事実上運営され、右決議については、後日理事会又は他の理事に報告して事務承認を得るという手続がとられることが多かつた。
(八) 同二六年三月一五日甲南大学の設置が認可され、文策はその学長に就任した。同大学は、同年四月文理学部のみで開学したが、同二七年四月経済学部が新設され、同三二年四月文理学部が文学部及び理学部に分離され、さらに同三五年春には法学部及び経営学部が新設され、ここに五学部を擁する総合大学として完成したが、この成果を挙げるまでには、文策の功績に負うところが大きかつた。
(九) 文策は、甲南大学学長就任後、自己の所有物で京都大学理学部に設置、保管されていた本件装置等を甲南大学に寄贈するために移設することとし、同二九年二月被告の費用をもつてその移設を完了し、以後本件装置等を甲南大学における研究のため提供し、遅くとも後記の学長辞任のときまでにこれを同大学に寄贈した。
(一〇) 被告は、同二八年四月二〇日、理事会の承認を得、同年六月三〇日、文策の希望による別紙目録記載の土地を購入し、さらに同年七月一五日、理事会の決議を経て、同地上に文策の個人的趣味を全面的に取入れて設計した同目録記載の建物を建築し、同二九年二月文策及びその家族をこれに入居させ土地については同年七月二日、建物については同三〇年一一月一〇日、いずれも被告名義でそれぞれ所有権移転登記及び所有権保存登記を経由した。
文策は、同三一年一月から毎年被告に対しその使用料を支払つていたが、被告は、同四五年一月分以降の受領を拒絶した。
(一一) 同理事会は、同三一年三月一七日、理事長に支障あるときその事務を代理する理事長代理に中川路を選任し、また、同三二年三月二二日、伊藤忠兵衛を新理事長に選任したが、同人は熱海市に居住し理事会に出席することが稀であつたため、理事長の業務は理事長代理の中川路が担当していた。
(一二) 文策は、同三五年に至つて、同年に満七〇歳に達して甲南大学教授を定年退職することでもあり、五学部の大学も完成したので同大学学長を辞任したい旨の意向を示したが、被告から慰留された。
同年九月二六日、被告の理事会が開催されたが、同理事会の散会後、正井の提案により常任理事であつた中川路、永井及び正井が協議し、将来文策が甲南大学学長を辞任する際、文策と被告との間において、文策の所有物で甲南大学に設置、保管されていた本件装置等と、本件住宅とを交換する形式で、本件住宅を文策に贈与することを全員一致で決定した。なお、当時右三名は被告の理事会中の最有力者であり、右三名で合意したことは、理事会で後日覆されることはありえない状況にあつた。
中川路は、後日その骨子をタイプで文書に作成して理事長伊藤忠兵衛の承認を得たうえ自ら押印し、同三六年一月一〇日、甲南大学会計課長で同大学事務局次長の代行をしていた仲村寿を通じてその旨を文策に伝えるとともに、右文書を文策に交付したので、文策も異議なくこれを了承した。
(一三) 文策は、同四四年一二月六日甲南大学学長を辞任したが、同月二八日、中川路は他の理事に相談する等のこともなく独断で、文策方を訪れ、文策に対し、「被告から文策に本件住宅を贈与する約束は、社会情勢や物価の変動があつたためその実行が不可能になつた。これを強行すれば、私は背任罪、文策は横領罪になる。そこで、本件住宅を贈与することを取りやめそのかわり文策は使用料を払つて死亡するまでここに住んでよいし、さらに退職金を五〇〇万円増額するので、了解してほしい。」旨申入れた。
文策は、同日その妻である原告荒勝エキ及び三男である原告荒勝豊と相談して、やむなくこれを承諾した。
(一四) 文策は、同四四年一月一一日ころ、被告から退職金として金一九五二万八二〇〇円を受領したが、その金額は、当時被告においては学長の退職金の額について何ら規定がなかつたため、学長以外の職員に対する支給率の最高値をもつて算出された金一四五二万八二〇〇円に特別功労金五〇〇万円を増額したものであつたが、甲南大学設立から五学部完成に至るまでの文策の前記功績に報いるためには、右特別功労金の額は、高すぎるものではなかつた。
(一五) 中川路は同四四年四月二一日被告の理事会において理事長に選出されたが、同四五年一二月八日文策方を訪れ、文策に対し、「学生が願いで学費値上げが実現できないので、本件住宅を明渡してほしい。本来なら明渡の仮処分を申請すればすむことだが、相手が文策だからこうして頼みにきた。前にいつまで住んでもよいと言つたのは好意で言つただけであつて、約束したわけではない。」旨述べて、本件住宅の明渡を要求した。
これに対して文策は中川路の背信を非難し、同月二五日付の書面で中川路に対し、本件住宅の贈与契約を元どおりに履行することを請求する旨の意思表示をし、同書面はそのころ同人に到達した。
3 以上の認定事実によれば、文策は昭和二五年二月ころ、被告の理事であり、かつ被告の大学設置事務委員長であつた正井との間に、文策が甲南大学の学長に就任し、大学が完成したときには、遅くとも学長退任の時までに、学長住宅として文策が入居する住宅(土地、建物)を被告から文策が贈与を受ける旨の契約が成立したものというべきである。なお、被告は正井に対し、大学設置の事務一切の権限を委任し、その後同年五月二七日の理事会において、正井に対し文策に対する学長就任の交渉権限を付与することを事後的に再確認しているのであるから、正井は住宅贈与の権限をも有していたものと認めるのが相当である。また、仮に正井に右権限が付与されていなかつたとしても、当時文策が、被告の理事であり大学設置事務委員長であつた正井に右権限ありと信じたことについては、正当事由があるものと解すべきであるから、被告はその代理人である正井と文策との間の右贈与契約の効力を否定することはできない。
そして、遅くとも文策が本件住宅に入居した同二九年二月には、右贈与契約の目的物が本件住宅に特定され、さらに同三五年九月二六日の中川路、永井、正井の三常任理事による決定及びこれに対する文策の了承により、右贈与の履行期が文策の甲南大学学長退職時に確定されたものと認めるべきである。
したがつて、文策が甲南大学学長を辞任した同四三年一二月六日、本件住宅の所有権は、贈与により被告から文策に移転したものというべきである。
4 ところで、前記認定事実によると、文策は同月二八日、被告の理事長代理中川路の本件住宅贈与契約の合意解除の申入れを承諾したのであるから、右贈与契約は同日合意解除されたものといわなければならない。
中川路の合意解除の申入れは、同人の独断的行為ではあるが、法人はその理事の独断行為を事後に有効として承認することができるから、被告が本訴において中川路のした右合意解除を抗弁として主張する以上、右合意解除の効力を中川路の独断行為という理由で無効とすることはできない。
また、原告は、右合意解除を要素の錯誤と主張するが、その主張は動機の錯誤を言うにすぎないから採用に価いしないし、また、詐欺、強迫、公序良俗違反の主張は、これを認めるに足りる証拠はない。
5 しかしながら、合意解除(解除契約)においても、当事者の一方がこれを締結した目的の達成に必須かつ重大な要素となる義務の履行を怠る場合には、債務不履行の一般原則に従つて解除契約そのものを解除することができるものと解するのが相当である。
前記認定事実によれば、被告の理事長中川路は、同四五年一二月八日、文策に対し、前記合意解除の代償として文策の存命中本件住宅に住まわせる旨の約束をしたことを否認し、本件住宅の明渡を申入れたため(なお、合意解除の代償のもう一つの条件である金五〇〇万円の支払の点についても、前記認定の特別功労金の額からすると、右約束が履行されていないのではないかとの疑いを拭いきれない。)、文策はその後、中川路に対し本件住宅贈与契約を元どおりに履行することを求めたのであるから、これは文策が、前記解除契約の必須の要件というべき本件住宅を賃貸する債務の履行を被告が拒絶するに至つたため、同解除契約を解除する旨の意思表示をしたものと解することができる。
そして右のように、中川路が合意解除の代償として本件住宅の賃貸を約束したにもかかわらず、正当な理由もなく、その約束の存在さえも否定し、住宅明渡の仮処分申請に及ぶことをもほのめかして明渡しを求め、その後の賃料の受領を拒絶することは、重大な背信行為であり、賃借人の居住の平穏を侵害する賃貸人の債務の不履行であつて、本件住宅賃貸の履行を強固に拒絶する意思が明白に示されたものというべきであるから、このような場合、文策は催告を要せずに解除契約を解除することが許されるものと解するのが相当である。
6 したがつて、文策は右解除によつて被告主張の合意解除がなかつた状態に復し、本件住宅は文策の所有に帰したものというべきである。
二理事報酬について
1 請求原因2(一)のうち、被告が文策に対し、同四三年一二月六日から四年間その理事職を委任した事実及び同(二)の事実は、当事者間に争いがない。
2 <証拠>を総合すれば、被告の理事会は、同四三年一二月六日、文策を有給理事に選任する旨決議したこと、理事長中川路は、これを受けて任期中手当月額一〇万円、賞与年二回(六月及び一二月)各一〇万円を支給する旨決定し、文策に対しその旨伝えたこと、文策はこれを承諾して理事に就任したこと、被告の理事会は、同四五年一二月七日、文策に対する理事報酬を同月限りで支給しない旨決議し、理事長中川路から文策に対しその旨伝えられたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
3 右認定の事実によれば、同四三年一二月六日、文策と被告との間で、文策が被告の理事職に就き、被告がその報酬を支払う旨の有償の委任契約が成立したことが明らかであるから、委任契約を解除することなく、これを無償の契約に更改するについては、文策の同意を要するものというべきところ、文策の同意を認めるに足りる証拠はない。
4 よつて、被告は文策に対し、同四六年一月から同四七年一二月分までの手当及び賞与合計金二八〇万円及びこれに対する弁済期後である同四八年一月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
三相続等について
請求原因3(一)の事実は当事者間に争いがなく、同(二)の事実は被告の明らかに争わないところである。
四結論
以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(中川敏男 上原健嗣 小田幸生)
目録<省略>